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おっちょこ

しばらく前のことなのだが、ある日、外出の際に財布を家に忘れた。スイカ(交通系カード)は持っていたので、スイカの使える店を選ぶなどして、なんとか急場は凌ぐことができた。1回、家に戻り、再度外出した。財布、財布、財布と何度も確認した。電車に乗ろうとしたところ、なんと今度はスイカがない。仕方なく、財布から現金を取り出し、切符を買った。

だいたい私は子どもの頃から忘れ物が多い。小学校低学年の時、あまりに忘れ物が多いので先生はあきれたようだ。手の甲に「わ」という文字をマジックで書かれてしまった。マジックなので消えるまでにだいぶかかった。先生としては、「わ」を見て、忘れ物がないか常にチェックしろと指導したつもりだったのであろう。こういう指導は今の時代では完全にアウトだろう。とんでもない教師だということになるに違いない。私の記憶を辿ると、手の甲の消えない「わ」を見て、情けない気持ちになったのを今でも覚えている。重症とまではいかないが、トラウマと言えよう。せっかくそれだけの代償を払ったのだから、せめて忘れ物が減ってくれればよいのだが、実際はそうは問屋が卸さない。

あらためて外科医にならなくてよかったと思う。手術器具やガーゼを手術時に体内に置き忘れるなどという失態のニュースを以前、見たことがある。その先の連想は怖くてすることができない。ところがどっこい、自分の発達障害的傾向は、実地の精神科臨床では大いに役立った。本を読んだり講義を受けたりするより、忘れ物いっぱいの経験としての実感や、他者に理解されず理不尽に怒られた経験。治療者と患者の垣根はない。同じ土俵にいるのである。一応、白衣を着て見かけだけは偉そうにしていたり、先生などと呼ばれても、なんでこうなるんだと地団太を踏むおっちょこちょいな人間だ。そうか、私はおっちょこちょ医だったのだ。今頃わかるなんて遅いか。いや、人生、何事も遅いということはない。

後記になるが、おっちょこちょ医という造語はなかなかユニークではないか。一応調べてみようと、ネット検索したら、なだいなだの著書にそういうものがあった。私は10代から20代初めくらいまで、なだいなだの本を読んでいた。もしかしたら、読んだか目にしたのかもしれない。ということで連想の流れで出てきたとは言え、オリジナルとは言えない。おっちょこちょい二乗とは言えよう。
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